1月3日の早朝。
文香は、玄関のドアを勢いよく開けた。
今日はお父さんの実家で将棋を指す予定なのだ。
冷たい風が耳にまとわりついたように感じたその時、
携帯電話の着信音がカバンを震わせた。
「文香。落ち着いて聞きなさい。
おじいさんの訃報が届いた。
ついさっきだそうだ。」
携帯についているストラップが悲しそうな鈴音を奏でた。
文香は只々、混乱することしかできなかった。
冷たい風は虫の知らせだったのだ。
「もう、おじいちゃんとは将棋を指せないの?」
理解の範疇を越えているように感じたが、
すぐに、猛烈な虚無感が文香を襲った。
ひとしきり、泣き終わったのちに
胸の底から溢れてきた想いは
風に乗って姿を消した。
文香に将棋を教えてくれたのは、おじいさんだった。
そのおじいさんが亡くなったことで、
頭のなかから、将棋も消えてしまうのではないかと思うと
生きる意味を見失ってしまいそうだ。
文香は祈ることしかできなかった。
その祈りは不思議と聞き届けられたようである。
「虚無感を抱いた人間は、涙を流すことはできない。
だから、お前はからっぽじゃないんだよ。」
おじいさんの声が、記憶の中で木霊した。
将棋小説 Noblesse-Oblige 第2話
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