おじいさんが亡くなる4か月前の出来事である。
当時の文香は普通のバスケ少女であった。
しかし、肩を負傷したことがきっかけで
バスケットボールをやめなければならなくなった。
女性にしては強いということで周囲から期待されていたのだが、
最も文香の同級生の彼氏が期待してくれていると信じていた。
だがそれは勘違いだったようだ。
別れ際に彼氏がこう言った。
「文香は空っぽなんだね。
何にもないからすぐに強くなれる。
俺にはそれが耐えられない。」
文香は気が強いから笑っていたけれど、
明日には忘れたようにおどけてみても
刺さったままの心の傷跡は消えなかった。
お父さんに今日あった出来事をすべて話した。
お父さんは暫しの間瞑目し、
優しいまなざしをしながらこう語った。
「パパも今の文香と同じような経験をしたことがある。
おじいちゃんに泣きつくと優しく抱擁してくれて
『虚無感を抱いた人間は、涙を流すことはできない。
だから、お前は空っぽじゃないんだよ。』と言ったんだ。
文香が優しいのはおじいちゃん譲りかもしれないね。」
文香は悲しくないけれど涙を流した。
温かい涙が流れた。
将棋小説 Noblesse-Oblige 第3話
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